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ガーナの城めぐり

ガーナの沿岸には、数多くの城が廃墟となって残っています。
廃墟マニアの主人は大興奮。

Fort Metal Cross
英国により1696年に完成。
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エルミナのSt George’s Castle
ポルトガルにより1482年に建設。
世界遺産

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白い壁が悲しいほどに美しい。
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エルミナの町はコロニアルな雰囲気がたっぷりで、私達がその前のクリスマス休暇で行ったセネガルのサンルイの街を思い出します。
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ケープ・コーストのお城
オランダにより1637年に完成。
世界遺産
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しかし、このお城たち、ただの廃墟では済まされない過去を背負っています。
そう、ここは奴隷貿易の拠点だったのです。
鎖につながれ、村から連れて来られた人々は、城内の牢獄、明かりもない狭い部屋に閉じ込められます。
10畳ほどの密室に数十人が詰め込まれたそうです。それもアメリカ行きの船が来るまでの3カ月もの間。

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食事はヨーロッパ人の総督や兵士が食べ残したものを与えられるだけ。
そして船に乗せられ、何週間もかけてアメリカ大陸に連れて行かれたそうです。
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この扉の向こうは海。
扉の上には“DOOR OF NO RETURN”=一度この扉を出た者は、二度と戻って来れない、という意味。

このお城たちが物語る歴史には、当然言いつくせないものがあります。
と同時に、人によって感じ方も様々でしょう。
私達が感じたのは、その長い歴史のアンバランスさです。

ガーナは教育レベルが高く、民主的な選挙がおこなわれ、西アフリカでは間違いなく優等生です。
独立したのは1957年で、西アフリカ諸国の中では最初に独立を達成した国です。

しかし、エルミナ城での説明によれば、ポルトガルによって1482年に建設された後、1637年にオランダが奪取し、その後1872年には英国へと“持ち主”は変わります。
この城の長い歴史からみると、ガーナのものになったのはたかが五十数年前のことで、ヨーロッパの国同士でとりあっていたのが500年近くも続いていたということになります。

この城が、「僕の人生の半分はガーナ人の所有だった」と言えるようになるにはあと400年以上も待たなくてはいけません。
何だかとても気が遠くなる話です。
しかし、奴隷たちが暗闇の密室で過ごした3ヶ月の重みに比べれば、400年という年月も大したことはないのかもしれません。
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そして最後にもう一つ、日本とガーナで世界史に共通する点が今回の城めぐりでわかりました。
日本に最初にやってきたのも、ガーナに最初にやってきたのも、ポルトガル人。
そして、彼らがキリスト教の布教に熱心だったのも同じ。
その後ポルトガルに代わってやってきたオランダやイギリスが、布教よりも貿易での儲けに重きをおいたのも同じ。
グローバルな世界の動きというのが、何も今に始まったのではないのだということを実感しました。
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